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戦争アニメ・アニメンタリー決断とは?

   


▼昭和46年 戦後26年が経過して高度経済成長を遂げていた日本でとんでもないアニメが放送された

▼昭和46年4月3日 アニメンタリー決断が日本テレビ系で放送開始される

『アニメンタリー 決断』(アニメンタリー けつだん)は、太平洋戦争を題材にした竜の子プロダクション制作のテレビアニメである。

1971年4月3日から同年9月25日までの間、毎週土曜日19時30分 - 20時に日本テレビ系で全26回放映された。

太平洋戦争を、1941年の真珠湾攻撃から1945年の敗戦に至るまで、日本側と連合国側、その双方の指揮官や司令官、兵士たちの重要な「決断」を中心に描き出すノンフィクションドラマである。

▼反戦色の強いアニメではなく、戦記色の強い作品になっている

戦争を取扱ったアニメといっても「はだしのゲン」や「火垂るの墓」のような反戦色の強いアニメではなく、太平洋戦争に生きた人物の決断の時を描いた戦記色の強い作品になっています。

▼オープニングからこれである まるで戦争を肯定するかのようなナレーションで始まる

「人生で最も貴重な瞬間、それは決断の時である。太平洋戦争は、われわれに平和の尊さを教えたが、また生きるための教訓を数多くのこしている」

▼オープニングとエンディングが完全に軍歌

▼アニメンタリー決断 動画

▼ようやく平和になった日本であったが、その放送内容から当然苦情が殺到する

第1話放送直後から抗議は多く、その内容は「戦争を賛美または美化するような作品」、「軍国主義の復活」、「右寄り」などと各方面(主に教育団体など)から非難されていた。

特に某教育団体では「決断」を「見てはいけない番組」として教育現場に通達をしていたらしい。

放送時期が日中国交正常化交渉(1972年 日中国交正常化)の真っ只中だったため、左翼・反戦団体以外にも国交正常化を危ぶむ方面から多数苦情が寄せられ、最終回の第26話が太平洋戦争とは関係のない話になってしまいました。

▼最終回はなぜか戦争とは関係ない「川上監督の決断」になってしまう その理由とは?

第26話は戦争とは関係のないプロ野球の話を扱っている。サブタイトルは「川上監督の決断」という。

川上監督とは、本放送当時プロ野球セ・リーグの読売ジャイアンツの監督だった川上哲治のこと。

内容は川上監督をスタジオに招き、監督として下さなければならない決断とはどういうものか、現役を引退する時はどうだったかなど、実況アナウンサーの志生野温夫が試合の実写映像を交えて川上監督にインタビューしたもの。

また、長島茂雄選手にはデビュー当時のこと、天覧試合でのホームランなどについて、王貞治選手には一本足打法などについて、両者からフィルム・インタビューしたものが放送された。

第26話は映像ソフト化も再放送もされず、そのため幻の最終回となっている。ソフト化も再放送もされないのは版権の都合らしい。

第26話だけがこのような内容になったのは製作時間の問題らしく、番組に対する抗議や昭和天皇の描写に問題があったわけではないらしい。

最終回が、戦史と全く関係のないプロ野球の実写作になったことについて九里は「純然たる(制作の)時間の問題」が原因で「局の方でなんとか野球の話でつないでくれた」と証言している。

九里は26話までのあらすじはできていたと述べ、「昭和天皇の描写がネックで本来の最終回が放映できなかった」という説を明確に否定している。

▼なぜこの企画がされたのか?

本作の製作は、スポンサーであったサッポロビール(現・サッポロホールディングス)の意向とされる。

九里一平によると、当時サッポロビールには旧日本軍OBの重役もおり、「働き盛り」の壮年層に向けた番組として戦史物が企画され、戦記物作家児島襄の小説「決断」を原作とした作品の製作が決定した。

困難が予想されたにもかかわらず引き受けた理由について、九里はサッポロの出す豊富な予算が魅力だったと述べ、但馬オサムはこれに加えて『昆虫物語 みなしごハッチ』の際に製菓会社が尻込みする中サッポロがスポンサーを引き受けてくれた恩義があり、パイプを太くしたい意図があったのではないかと記している。

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